メジャーで測る ≠ 採寸 2

採寸と裁断は渾然一体

以前、採寸について書きましたものの、続きを忘れて何時のまにか半年が経ってしまいました。前回は主に「計測の揺れが起きやすい原因」について書きましたが、今回は本題の方、「そもそも採寸という言葉の意味が違う」ということにつきまして。

実は一口に採寸とは言うものの、テーラーなど「作り手側の」採寸と、「流通側の」採寸では意味が違っています。一般的な意味とも異なりますので、そもそも誤解されるは当然かもしれません。

図1

テーラーは、服を仕立てる際、裁断(という名前の設計図起こし)を必ず行います。裁断は設計図ですから平面です。対して人の体と縫製は立体です。丁度、図1のような関係です。人の体という立体と、縫製という立体を平面上に変換する作業が裁断だと言っても良いかもしれません。

また、裁断は縫製上の限界や手法に縛られます。結果、裁断とは「立体←→平面の変換方法」と「縫製上の限界や手法」のパッケージと言い換えることもできます。テーラーにとっての採寸は、このパッケージの一部です。裁断が基準になるので「採寸箇所、採寸の程度、採寸の方法」を考えて決定することも含んでいるわけです。

ちなみに、このパッケージのことを「パターン」と言います。パターン・オーダーとは単に型紙を数種類用意した採寸ベースのオーダーメードではなく、このようなパッケージの結果でき上がる「服」を数種類用意したものとした方が正確です。そのため、意外かもしれませんが、パターン・オーダーで必要な採寸と、フル・オーダーで必要な採寸は「全く別」です。言葉は同じなのですが、少なくともテーラーは別物として扱っています。

完璧な採寸だけでは無意味

図2

ところで、人間の体を立体的に把握する採寸法〜裁断法に「短寸法(短寸式)/ショート・メジャー」というものがあり、現在、概ね主流だと思います。立体的に把握するものであるため、人間の体をとにかく正確に把握したいという欲求が働きます。この欲求がつき詰まると、三次元走査での医療行為のような完璧な採寸になります。しかし、テーラーの採寸が前述のようなものだとすると、これだけではかなり無意味です。それに伴う裁断や縫製がなければ、意味がありません。

これは単純な理屈です。完全に実寸通りの採寸をとって、立体のまま裁断して服にすれば、女性用の水着になります。実際、レディスでは立体裁断という手法がとられており、図2のように体(立体)-裁断(立体)-縫製(立体)ですから、体のラインを強調した水着のような服になりますし、それで問題ありません。

ただ、水着には体のラインを補正する効果はありません。婦人服も同様です。「その女性の体のラインを剥き出しにすること」が近現代の婦人服の本質ですから、女性が美しく服を着るには良いラインの持ち主であることが大前提です。結果、婦人服の体型補正は、かつてのコルセットなど、下着補正で「ラインを強制的に変化させる」方向に発達したんじゃないかと思っています。

また、服には、それが「〜の服」であると人が思うルールやコードのようなものがあります。「制服のような服、婦人服のような服、礼服のような服、だらしない服、謹厳実直な服」という風に、人は無意識にそのルールやコードを当てはめています。

シルエット

三次元走査でとった実寸をそのまま服にした場合、その服を「背広である」とは誰も思えません。人の体のシルエットに紳士服のディティールをつけても、紳士服とは思えないという理屈です。

勉強には最適

…実は昔、厳格な短寸法をかなり試したことがあります。研究会もありました。昔は、この厳格な短寸法を補助するための道具が色々と実用新案や特許として存在していたほどです。しかし、出来上がったものは美しい背広やスーツではなく、別の洋服でした。採寸にはそれに見合う裁断法が必要ですが、なかなか見つかりません。

そのため、三次元走査を使った厳格な採寸があったとしても、それに見合う裁断法を作らなければ意味がありません。今のところ、まだないような気がします。厳格な短寸法を補助する道具も、今では全く見なくなりました。多くのテーラーは私どもも含めて短寸法を基準としながらも、余り厳格に運用せず、各自の工夫による裁断法を基準にして、色々と修正して使っていると思います。

ただ、この厳格な短寸法、勉強には間違いなく最適です。人間の体の凸凹までも数値で把握して、服に反映させようとする手法です。そのため、多くの手法を順列組み合わせのように試し続けることになり、縫製の困難や限界、美しさの度合いなどを沢山把握できるようになります。そのため、非常に勉強になり、後々とても生きてきます。勉強としては間違いなく最適な手法で、その意味でとてもお勧め(?)です。

そのまま実寸を書かないとはどういうことか

今までに、何度か「某サルトの裁断士が採寸するなら実寸を書かないだろうから楽しみ」とか、「テーラーは実寸をそのまま書かないことが多い」と書いたことがあります。これも、採寸が裁断を基準にしているため起こることです。例えば、強い猫背の方が見えるとします。この場合、「猫背の程度」を記憶するために、数字として記録しなければなりません。

この時、厳格な短寸法や三次元走査では、その「背中の形状」を実寸で正確に把握します。しかし、これだけでは前述のように「猫背のラインを強調するだけ」で意味がありません。そこで、まず補正や裁断/縫製手法/限界から逆算して「この場合なら背中の余裕量3cmで行ける」と把握します。その上で「背幅で1.0cm、肩幅で0.5cm、背丈で1.0cm、肩縫目0.5cm…」など、実寸に散らして記録します(数字も場所もほとんど嘘です)。

また、猫背の印象を緩和する手法をとりたいため、胸囲を2.0cmほど大きく記録するかもしれません。これらの寸法は補正寸法とも異なるもので、仕立屋特有の採寸法です。随分、一般的な「採寸」とは異なるものであることがお分かり頂けると思います。

色々な方法

今回はある意味、極めて危険な更新です。非常に多様な議論や方法論があるところで、各テーラーやメーカーが日々工夫し続けている部分でもあります。今回の更新は「こんな考え方もある」という程度のものと思って頂けましたら幸いです。

実際、私どもの裁断方法/採寸方法は鵺(ヌエ)のようなものです。かなり色々なものの集合になっている上、主流の方法でなくても、良かったり自分に合っていれば採用してしまっています。大まかな正しいやり方というものはあるのですが、個別の方法はかなり多種多様です。微妙なところも含めれば、各テーラーで同じ手法は無いのかもしれません。

そんなこんなで、実は採寸、テーラーにとっては非常にややこしい代物です。…今回の更新は非常に分かりにくく、抽象的でややこしい上に、何が言いたいのか分かりにくいものになってしまいました。…今回の更新は失敗…かも。

少しだけ補足してみました。

2008.6.11