その前に意図を 3

意図と実現

スーツ 人台
スーツ 着用
スーツ 人台

N様にお写真を頂きました。真にありがとうございます。全て同じ服です。

その服が良いか悪いか。その服が持つ「意図」と切り離しての評価は不可能です。その「意図」を実現するにあたり、その意図の実現に最も近い服を作ることができれば、技術/デザインが優れているのであり、違う意図を持つ服に、違う意図を持つ服の基準で評価を行っても意味がありません。

この書籍の最大の問題、それは何か。それは「意図を無視して」評価しているという点にあります。その意図であれば適切でも、他の意図で見れば不適切です。例えば、典型的なものが前項のズボンです。あのズボンの意図は極めて特殊です。到底「最終形」と呼べるようなものではありません。

技術の妙を語るには、その服の持つ意図を汲む必要があります。「ある意図」の下では高度な技術であっても、「他の意図」の下では未熟な技術になります。普遍的に優れた技術は少なくとも仕立ての世界には存在しません。

非常に単純な話なのです。例えばこのライターさんの文体は、「服飾評論」としては正しい文体かも知れません。しかし、新聞記事や女性向けの雑誌の文体では不適切であり、その文体を変えなければ「未熟」と評価されるでしょう。そういう意味で、服飾評論の世界には未だに極度の勘違いが存在すると言わざるを得ません。

どれほど、構築的な服と非構築的な服の印象が違うかは、「選択するアクセサリ」を想像して頂ければ簡単かもしれません。ナポリ服を洒脱に着るには、かなり目立って栄えるアクセサリが必要になります(たとえば靴です)。しかし構築的な服の場合(典型的な英国調や日本的なオーダー)では、服が一定程度主張しますので、むしろアクセサリは抑えめで丁度良くなります。ナポリ服にゴールドは良くあいますが、典型的英国/日本的なスーツではシルバーが合うと言った感じでしょうか。

前ページのイタリア服は「優れて」います。しかし、その優れている根拠は、ナポリ服の特徴である「軽妙/軽さ/隙のある色気」を「実現している」ところにあります。構築的な服を基準にこの服の技術を評価しても始まりません。また、ナポリの服を基準として、構築的な服の技術を云々しても何の意味もありません。しかし、その意図から見ても、技術的には未熟としか言えない面もあり、日本のテーラーであれば実現することを実現していません。

例えば、恰幅の良い体型に対する対策技術の評価を称賛するページがあります。この工夫は、私ですら、しかも恰幅が良かろうと悪かろうと、当然の様に行っている工夫です。いわば普通の工夫です。しかも、その恰幅の良い人のために作った服が、理想的に体にあっているとは「言えません」。従ってこの点は称賛するべきではないのです。

意図の多様

ナポリ服が普遍的に優れている服であるわけではありません。ナポリ服の何より優れている点は、その「意図」の秀逸さにあります。前項のズボンは何しろ強烈です。そのようなズボンを作ろうとは、まず日本のテーラーは思いもしないはずです。

自由闊達で、何より服の世界が楽しさに溢れています。この冒険的で、明るく、自由闊達な意図が何より魅力です。日本のテーラーは、そのナポリ服の「意図」を見ず、長く採用しようとはしませんでした。それが最大の問題です。意図に楽しさがないのです。

他方、ナポリ服にも欠陥があります。「隙/味」と言ってしまえばそれまでですが、その意図を実現するにあたり、技術的には優れているとは、お世辞にも言えません。

しかし、日本とイタリアの服に共通する意図があります。それは「流れるような美しいシルエット」です。この実現を最優先として、それを最大の意図とすることに彼我の差は全くありません。ただ、日本はそれを構築的に作る傾向があり、ナポリ服は非構築的に作る傾向が強くあります。

ただ、…この本、貶してしまいましたが、実は気に入っています。服の楽しさに溢れていますから、お店に置いて時折眺めています。何といいますか、要するに楽しい本なのです。ただ、「評価」の部分については、ナポリと日本のテーラー双方に不幸な気がしてなりません。ナポリ服の「意図」、この意図を生み出せる自由闊達さと陽気さ、それが欲しくて仕方ない今日この頃です。

仕立屋仲間と欧州の英仏伊を回った際、イタリアの楽しさは格別でした。営業時間前でもお願いすれば相手をしてくれましたし、酒屋では言葉も通じないイタリア人としこたま飲んで大騒ぎしてきました。イタリアにも様々な方がいるのでしょうが、何せ楽しく過ごしました。

イギリスはイギリスで独特の雰囲気があります。パブで飲んでおりましたら、騒いでいるイギリス人の集団からぽつりと離れて、紳士が独りで飲んでいます。何とかかんとか話しかけると、話に乗ってくれ、アイルランド人とのことでした。…何というか、そんな映画、ありませんでした?。映画そのままです。フランスは…、苦手でした。

その国、その国に雰囲気があり、国民性があり、最も好む「意図」があります。普遍的にどの「意図」が優れているということもなく、…えーと、何が言いたいのか分からなくなってきましたが、何といいますか、楽しくやりたいものですね。

2006.12.28