昭和26年のテーラー

戦後復興の初期

「洋装」昭和26年11月号

お客様からとても面白い雑誌を貸して頂けました。「洋装」昭和26年11月号です。洋装誌は、いわばテーラーの業界紙です。十数年ほど前に廃刊となっていますが、廃刊までほぼテーラーにとって必須の雑誌で、私も1990年代のものは未だに保管してもっています。

昭和26年といえば戦後復興期の初期、私はまだよちよち歩きで記憶がありません。戦後しばらくは随分とインフレが厳しかったようです。一着お仕立てしてお代を頂いても次の生地が買えません。年末に行李一杯に集金した帰り、風に煽られてお札が散乱、拾うのもイヤになり、残ったお金でお酒を飲んで帰ってきたとか。そんな時代だったようです。

元々当店は名古屋にありましたが、戦時から三重に移っています。戦後しばらくは、父の義理の弟の妻の両親の家の離れ、という、何とも肩身の狭くなるところで営業していました。…本当なら肩身が狭いはずなのですが、今でも気安いつきあいが続いており、何ともあり難いものです。

閑話休題、今回はこの洋装につきまして。裁断理論や縫製理論に関する記事は略しまして、写真を中心に抜粋ご紹介です。

当時の銀座街頭

街頭研究

今でもファッション雑誌に多い街頭スナップです。当時は既製服などありませんから、当然全てオーダーです。タイトルが"街頭研究"であるのは、業界紙であるため、着こなしより「作り」を見ているためです。11月号ですが、10月発行、撮影時期は恐らく9月上旬、59年前の今ごろです。

色々な服がありますが、麻と思われる服が結構あります。暑いからと半ズボンや半端丈というのも今一つ、そろそろもう一度、麻服をビジネスに使うことが許容されても良い頃と思います。戦後も麻服はいたって一般的だったのですが、いつの間にか例外になってしまいました。

業界紙の街角研究で、消費者の方向けではありませんので、良いものばかりが例にあるわけではなく、むしろ「問題がある服を掲載することの方が」多くなります。

図1.


図1.こちら側は何かしら構造上の問題があるグループです。ズボンが非常に太く、評者でも驚き呆れるほどのものもあったりしますが、恐らくこれは当時の流行です。そのためズボンの太さそのものは構造上の問題ではありません。

ただ、流行を強調したものの方に構造上の問題が生じがちであるのは、今も昔もあまり変わりません。

図2. nice

snap09

図2.出来が良いと言える服はこの二着。昭和26年でも今でも基本は同じです。右側は出来がよいものの面白みに欠けますが、左側は秀逸です。着用の方もなかなか洒落ています。

当時の欧米

これらの服がいずれの国のものか判然としないところが残念です。

図3

図4

図5

図3のジャケットは弓を引いているにも関わらず、赤線の通りジャケットが攣れていません。

サイズが大きい、ダブルであることを差し引いても、ここまで腕を上げられれば、秀逸です。ただ、ズボンをもう少しだけ何とかしたくなります。

図4は現在の流行から見れば大きく、至って気楽に見えるスタイルですが、正に気楽な雰囲気を出せているところが優れています。

図5は、如何とも表現のしようがありません。紙面の評者と同じく、取り立てて見るところがありません。表現し難いのですが、良さも悪さも中途半端です。

一着、とても奇麗な服の掲載があったのですが、丁度雑誌の背の直ぐ近くで、奇麗に写真が撮れませんでした。ちょっと残念です。

型紙, 裁断

ボックス・オーヴァコート

フルボックス・セミラグラン・オーヴァコート

この雑誌がテーラーにとって長く必読書であったのは、東京や海外の服を同業者が評価するという意味合いもありましたが、もう一つ、毎回必ず裁断図が掲載されていたという点もあります。

裁断図は誘導線と呼ばれるものがない限り、その裁断の背景,理由,原理のようなものが分かりません。そのため厳密には再現できなかったり、自分のものとして柔軟に利用することは出来なかったりします。

そうであるにしても、他の方の裁断図を見るのはとても参考になります。抱えている問題が一気に解決したりもします。

特に駆け出しの頃は、この雑誌がとてもお世話になりました。昭和26年11月号に収録されていたものは

  • 二釦方前背広
  • 三釦方前背広
  • ボックス・オーヴァコート
  • フルボックス・セミラグラン・オーヴァコート
  • ラグラン・スリップオン
  • セミ・ラグラン
  • 二つ釦剣襟 肥満体モーニング・コート
  • 婦人服テーラード
  • 婦人服テーラード・ヴェスト(仏ジレー)
  • 婦人服ジャケット
  • 婦人服ウィンタージャケット

その他、「見る服と着る服」-袖を楽にするにはどう裁つたらよいか- など、裁断理論に近いものもあったりしました。今では少し古びた理屈ではありますが、こういう情報そのものが貴重だったわけです。

タックに関する文化的,技術的な背景を考察する裁断論考,論文など、成熟し煮詰まっていく過程の時代、そんな雰囲気をとても強く感じます。

厳しくても楽しい時代

雑誌で提案されるスタイルは、今から60年近く前のものであるため、古ぼけており、野暮と言われがちです。しかし、上記の一部の写真のように今でも通用するスタイルなどもありました。しかも、その洗練されていると思えるスタイルは、当時の流行とも現代の流行とも離れたものでもであります。

相変わらず流行というのは、楽しみであると同時に扱いが難儀です。

昭和26年、未だ理論や技術の煮詰まりがなく、洗練も歪も同居するテーラーが多数存在する時代。厳しい時代だったと聞いていますが、それでもテーラーとしては、ある意味、最も幸福な時代だったのかもしれませんね。とても良い雑誌を拝見させて頂きました。この場を借りましてK様に厚く御礼申し上げます。

2010.09.02