曲線から直線へ

以上のようなお題を付けたものの

テーラー業界そのものについてのご質問を頂くことがしばしばございます。どういう業界かと尋ねられても、根がぼんやりしているものですからお答えするのに困ってしまうのですが、今なら一つはっきり言えることがあります。服飾業界の多分に漏れず、繁忙期と閑散期の落差が極めて激しくなります。…更新がないことへの言い訳でした。今回は大変申し訳ございませんが、軽くとりとめのない更新となりますが、どうぞご容赦頂けましたら幸いです。

曲線から直線へ

随分前から直線的、シャープな印象を持つシルエットを見かける様になっておりましたが、出入りの生地問屋さんや商社さんに伺う所では、欧州では直線的デザインを随分多くなって来たようです。曲線には色気がありますが、直線にも数学的な美しさがあります。その再評価の動きのようです。

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もともと襟は裁断時から湾曲した刀剣のような形をしています。昨年の流行予想で使ったピークトラペルの図をもう一回使ってしまいます。本来、襟は右の2.のような緩やかなカーブを描きます。これが1.のように直線的になりつつあります。またVゾーンもかなり下がって来ています。…予測が1年早かったですが、当たったので嬉しく思っています。

英国服は曲線をもって美の根幹とします。英国調のデザインを修正、発展させたイタリアン・クラシコも同様の傾向を持っています。半可通は恥の元と言いますけれど、ちょっと勝手な推測と思いつきを書いてみます。これは元々、英国造園の考え方に端を発するのではないかと、そんな気がしてきました。

造園術が大々的に発達したのはフランスで17世紀、フランス式庭園は極めて直線的な造園術であるとされています。左右対称かつ幾何学的です。この直線的、幾何学的な考え方と好みは都市計画にまで及びます。パリは道路まで放射線状に並んでいますし、既に19世紀の都市計画の段階で、統一感ある景観を求めて建物の高さを制限しています。

対して18世紀、イギリスでは曲線的で、直線的幾何学的なものがまるで見当たらない庭園を造ります。映画「秘密の花園」でも庭が映っていましたが、庭なのかジャングルなのか分かりません。手入れ前はただのジャングル、手入れ後は美しいジャングルです。あのような庭が典型的な英国式庭園の特徴であると聞いたことがあります。

スーツスタイルが定まってくるのは19世紀の中頃です。この両国の考え方の違いが、スーツスタイルの全体的なシルエットを決めているのではないかと、そんな気がしてきました。英国式庭園が直線を嫌う様に、何しろ英国調のクラシックなスタイルは直線を徹底的に嫌います。裁断図の線にすら美醜を求めるほどです。いわく「この図面の曲線には色気がある!」。テーラーはフリーハンドで曲線を引きますから、図面そのものにすら個性が出ます。

ところで、このフランスの直線的な発想の到達点が、いわゆるドイツのバウハウスデザインではないかと、そんな感じもします。機能的、合理的、数学的な統一感は、それ自体に美しさがあります。実際、ドイツ由来の裁断法もあるのですが、この裁断法は「合理的に考えればこの線でなければならぬ!」という発想に基づいています。比較的新しい裁断法です。

最近のクラシコの支配的な流行に対する批判として、直線的なデザインや合理性あるデザインが再評価されつつあるのかもしれませんね。ただ、人間の体が直線でない以上、物理的に直線の服はあり得ません。実際のデザインは「シャープ、鋭い」といった印象を人にどうやってもたらすのかという発想になると思います。また、合理的な印象がある「色柄」が好まれるという傾向が更に強くなるかもしれません。

そういえば、最近流行していると言われる小物家電製品は“iPod Nano”と“ニンテンドーDS Lite”であるようです。双方ともに見せて頂きましたが、直線的、エナメルの光沢があり、工業的でシンプルなデザインです。これも関係があるのかもしれませんね、真に思いつきではあるのですけれど。

以上は、極めて無責任な思いつきですので、間違っておりましてもどうぞご容赦下さい。

グレーの復活

もう一つ、最近顕著に流行傾向にあるのはグレーです。雑誌を見てもグレーが極めて流行しています。白黒ではないグレンチェック柄も根強い人気があります。グレーには明度がありますが、色がありません。無色です。無色ですから、主張がありません。主張がないことが、主張です。これも同じ流れ、合理性と数学的/幾何学的な好みの復活から来ているのではないかと、そんな気がします。

グレーそれ自体は地味の筆頭ですが、これを自覚的にセンス良く、洒落て身につけるのは中々一興で、面白いと思います。ただ、ネクタイやシャツ等で工夫する必要が出てきます。また、コードレーンのような、鋭敏なストライプも、ぼちぼちと出始めるようになりました。

礼服と掛け言葉

全く話が変わります。ある有名な服飾雑誌に、礼服についての記事があったそうです。いつも購入しているのですが、その月だけ買い忘れてしまっていました。曰く、

  1. 「角が立つから」慶事にピークトラペルはダメ。
  2. 「不幸が重なってはいけないから」弔事にダブルブレストはダメ。

これは本気で書いてあったのでしょうか。それともダジャレの冗談でしょうか。伝聞ですので伺い知れませんけれど、本気でしたら色々と疑います。ただ、面白いので私も考えてみました。

  1. フラップは「閉じる」ものだから、慶事には相応しくない。
  2. カフスは「止める」ものだから、慶事は相応しくない。
  3. ネクタイは「締める」ものだから、慶事には相応しくない。

…分かりきっていた事ですが、何とでも書けるものですね。

Cool Biz

昨年Cool Bizには酷いことを書きましたが、やはり世の中の方が余程お洒落です。ポロシャツやかりゆしウェアが周囲を席巻するのではないかと思ったのですが、とんでもありませんでした。元々、夏服は薄着ですから、シャレた姿をするのは中々難しくなります。ある口の悪い友人は「金持ちも貧乏人も夏は同じに見える」などと酷いことを言います。

それが、このCool Bizの結果、色柄の組み合わせ、ディティールの工夫、小物の工夫等、却ってファッション性が高くなった傾向があります。Cool Bizの結果、むしろ自由度が高くなったと言えるかもしれません。自由度が高くなった結果、センスの善し悪しが露骨に表に出てきます。服飾に携わるものとして、このような傾向は大変楽しく思います。

100%綿の古いゼニア生地で、綿のスーツを作ってみました。白地にコードレーンのような鋭いストライプです。間違いなく気障です。どうやって着てやろうかと楽しく悩んでいます。

2005.02.09