ジャケットのウェスト詰めと袖ぐり

ウェストを細く!…とは言うものの

既製服を買ったは良いものの、若干ウェストが余ってしまって今一つということで、修理にお持ちになる方は多くいらっしゃいます。ただ、このウェスト詰め、実は修理の中では最も厄介なものの一つです。単にウェストを詰めるだけでしたら、何の苦もなく修理できるのですけれど、元々のシルエットの流れが犠牲になり、がっかりされる方も多く見えます。

これを避けようと、バランス調整も含めますと、場合によってはいきなり修理価格が2万円ということになったりもします。そもそも大抵の修理屋さんはバランス調整を受けなかったりもします。また、一定程度以上のウェスト詰めは不可能になります。ジャケットのウェスト詰めは、修理屋さんにとっても、依頼する方にとっても鬼門と言えるかもしれません。これには理由があります。

なお、以下の「x cm」というのは大体の目安としてお考え下さい。

単にウェストを詰める場合: 1cm

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図はジャケットの半身分です。A.が前身頃、B.は細腹(サイバラ)、C.は後身頃と呼ばれています。D.の部分はポケットです。

ウェストを細くしようとするにあたり、詰める量が少なければ、Bの細腹とCの後身頃で詰めるのが最も簡便です。丁度、赤い点線部分を抉ってしまいます。但しこの方法では基本的にシルエットが犠牲になります。点線の赤い部分は、元からある曲線と変化が生じます。凹面の角度が鋭くなることがお分かり頂けると思います。

ジャケットは全体のバランスで見るべきものですので、このような修理方法の場合、「ウェストだけが妙に抉れている」という奇妙な印象が生じます。

つまりそのシルエットを気に入っていた場合、そのシルエットは失われることになりますね。特に全体の調整が不要であるのは、ウェスト詰めが大体において1cm前後以内です。

ポケットの作り替え: 2cm

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これを超え、2cm以上となると、細腹/後身頃を詰めるのみでは足りなくなります。更に前身頃/細腹の間でも詰めなければなりません。

この結果、ポケットの部分で問題が生じ始めます。右図をご覧頂ければ一目だと思います。ポケットは、表身頃/細腹の二枚に掛けて作ります。その結果、2cm以上を超えてウェストを詰める場合、ポケットの作り替えが必要になってきます。

ポケットを作り替えなければ、元の「太い」ウェストにあったポケットを、「細くなった」ウェストにつけることになりますから、ポケットが凸状に膨らんで見苦しくなります。

また、シルエットの犠牲も比例して大きくなっていきます。

更に詰めてバランス調整: 3cm

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更に上記より詰める場合や、シルエット全体の流れを重視する場合、上記のような単に詰める方法は使えません。右の図のように削ります。xyの部分が少し違います。小さいので見にくいのですが、シルエット線に平行になるよう、前身頃/細腹/後身頃の“角”から切り落とします。

しかし、ここで新しく問題が出てきます。

“角”から切り落としたため、袖ぐりEの大きさが変わってしまいます。楕円の円周を切り取ったために、その楕円が小さくなってしまいまうわけです。

この楕円の大きさと形は着心地に直結します。特にこの楕円の幅が狭くなる点が最も問題です。このように狭くなる結果、「腕が上がらず/前に出ない」服になってしまいます。特に x で脇巾を y で背巾を縮めている関係上、顕著に着心地が悪くなります。

この理屈そのものは、長方形の外周と面積の関係を想像して頂ければ簡単です。正方形の左と細長い右では、共に外周の長さは同じですが、高さを縮めてさえ、面積は正方形の方が大きくなります。面積が広ければ、腕の自由は利くことになります。

この縦の細長さを「鎌」と呼びます。左の正方形を「浅い」と言い、右の長方形を「深い」と言います。鎌は浅い方が着易いという訳です。ウェスト詰めの結果、相対的に細長くなり、右の長方形に近づくため、着心地が悪くなるとも言えますね。

3cmくらいまでが限度であると思います。

不可能: 4cm以上

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バランス調整を行いながら、ウェスト詰めを行うと、必然的に袖ぐりが小さくなります。しかも脇巾も背巾も小さなくなる結果、腕が前に出せなくなります。これを回避する方法は無い事もありません。右の図の通り、「鎌」を浅くすれば良いことになります。

鎌を浅くするには、線Fを線Gまで上に伸ばす必要があります。…しかし、既に生地は裁断されているため、上げようがありません。結果、これ以上のウェスト詰めは物理的に不可能ということになります。

必ずシルエットと着心地にかなりの犠牲が伴います。

ジャケットのウェストは本質的部分の一つ

近頃、体にぴったりとしたフィット感を好まれる方が大変多くなってきました。このようなシルエットが一般的になりますと、特に既製服ではウェストに不満が多く出てきます。ジャケットの修理で、お客様のご要望が多いにも関わらず、実は最も修正が利きにくいのがジャケットのウェスト寸法です。

細く体にぴったりしたウェストは、オーダーならではとも言えますね。そのため、このウェストラインの善し悪しにテーラーはかなり敏感になります。しかも感覚の世界ですので、意思疎通がずれ易くなります。ただ、ずれてしまえば何のためのbespokeテーラーなのか分かりません。そのため非常に怖い所でもあります。つまり、ウェストラインは、修理の困難な場所であると同時に、スーツの本質的部分の一つと言える訳ですね。

2006.04.04