恰幅が良いとなぜか箱状に見える

アカデミー賞

今年も米国でアカデミー賞の授賞式がありました。この数年はほとんど映画館にも行っておらず、受賞した映画も見ていないのですが、オクタヴィア・スペンサーさんが助演女優賞を受賞したそうです。写真を見る限り恰幅の良い方ですから、そのドレス姿も難しいものになりがちなところ、日本人の庄司正氏がデザインしたドレスでベストドレッサー賞を受賞しました。

庄司正氏のインタビューを見ていたところ、「イリュージョンを使った」と表現されていました。ということで、今回は恰幅の良い男性版、恰幅の良い男性の紳士服をどう見栄えよくするかという話です。

とは言うものの、独自の手法があるわけでもなく、テーラーの世界ではとても一般的な方法で、しかもイリュージョンですらありません。そういう普通の方法ではあるのですが、効果は確実にあります。というより、「欠けている」から問題があるという話だったりします。

恰幅が良いとはどういうことか

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一般に「恰幅が良い, ウェストが太い」と言われていますが、これはとても不正確です。林檎と言われることもありますが、これも奇妙です。この種の表現では、多くの方がCのように、肩幅よりもウェストが太いことを連想します。

しかしCはまず滅多にありません。お相撲取りでさえ少ないと思います。長々と時間だけは長くやっておりますが、Cは2人でした。Bのように同寸ですらかなりの少数です。

メタボ検診を命令されたり、食事に気を付けてと言われたりする程度ではBにすらなりません。大分丸いと言われる程度でも、くびれの程度の差こそあれ大抵はAです。(これは立位の場合です、紳士服で正座, 胡座をかくシーンは少ないですから、今回は別にします。)

ウェストはどこへ行った? 前に行った

ならば、大きいウェストは何処へ行ってしまったのか。横でないのですから「前」に行っています。横よりも前の方に伸張します。これが「太いウェスト」の紳士服としての実際です。実際にはちゃんと括れています。加齢しても大抵の方はウェストが大きくなりますが、横に広がるよりも、前にせり出して大きくなる比重の方がよっぽど高いわけです。

なぜ箱か

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それにも関わらず、恰幅の良い体型の方が紳士服を着ているところを見ると、程度の差こそあれ、凹凸のない箱のような印象ではないでしょうか。上のように真四角ならまだしも、なぜか裾の方が広がって、下向きにずり下がったような印象です。

しかし、これは体型のせいではありません。本来はAなのですから、このような印象ではオカシイのです。なぜこうなるのか、これは体型のせいではなく、あからさまに「服のせい」です。

余れば垂れる

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なぜ服のせいなのか、理由はとても単純です。側面から見た場合、お腹部分が前に大きいですから、「ウェストの総量」は確かに大きいことになります (X)。このウェストに合わせて服を選ばなければなりませんが、必要であるのは「前に大きい服」です。しかし現実には「前後左右に大きい服」しかありません。その結果、肩幅, ウェストの横幅が全て過剰になります (Y)。

中身がないのに大きい袋を被せているのと同じですから、余っている部分は重力に従って、全てずろんと下に落ちます(Z)。結果、本来あったはずのウェストは消えました。裾も平面にならず腹部を被うように伸びます。裾も広がる可能性が高くなり、四角と言うより末広がりの台形に近くなります。

全体として箱状(台形状)になるわけです。恰幅の良い方が、あちこち余らせつつ下にずり下がった服を着る訳ですから、絞まったところが何処にもありません。緩んだ, だらしない, 広がった印象をわざわざ誇張する結果になります。

前に大きく出せば良い

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これを解決するのに工夫はいりません。単にウェストの配分を、前に大きく取れば良い訳です。元々のウェストの配分を I とすると、それをそのまま同じ形で相似形に「大きくなった前」に合わせると III になります。大きすぎます。そもそも形が違います。正しくは II です。

こうすれば、III で、「横幅」は等しくなりますから、上図のAと同じでくびれ/締まりはちゃんと出ることになります。前に多く出ますから、そのための補正、裁断上の工夫、縫製上の考慮 (特に腰ポケット周辺) が必要になりますが、どれも他の体型の延長線上で、根本的には何も変わりません。これらの工夫を総称して「腹ぐせ」と呼んだりします。

この先が「イリュージョン」の世界です。詳細なシルエットデザインやディティル, 趣味の世界です。痩せた方の事情と全く同じで、あれやこれやと印象を変化させたり、遊んでみたり、流行を取り入れたりになります。普通です。特に他の体型と何の違いもありません。

フロントカットを大丸にする

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ウエストを前に出せない既製服では、やむを得ませんので、ほとんど唯一の選択可能性であるフロントカットを考慮すると良いかもしれません。ちなみにイージ・オーダー / パターン・オーダーでも、ウェストを前に出す考慮は一定限度で可能です。ただ、個人的にはその考慮できる「量」が余りにも少ないとは思っています。

大きすぎる服は、重力に従って下にずり落ちます。そのため、お腹を被うように下に下に伸びていき、裾は横に広がっていきます。台形のようになっていきます。

そのため、「前に出す」考慮がない場合、フロントカットがスクエアであると、その台形が誇張される可能性が高くなります。そこで、フロントカットを思い切って大丸のものにします。そうすると、縦に伸びても伸びた印象は少なくて澄みますし、横に広がったとしても影響は小さくなります。

懐古趣味ではなく正味で違う

今も昔も、年を取れば多かれ少なかれ大抵の方のお腹は前に出ます。恰幅の良い方が昔は少なかったというわけもなく、欧米では年を取るとびっくりするくらい大きくなるようです。欧州へ行った際や、アメリカの方を見掛けた時、「なんと!」と思ったことがありました。それでも、昔の恰幅の良い方のスーツ姿、ジャケット姿の写真は、今のそれと比べて格段に格好良いものが多いですし、欧米の方の着用でも素晴らしくスマートな姿を見掛けることができます。

これはもう、極めて単純に「この問題の考慮があるかないか」、本当にたったそれだけのことです。それだけのことなのですが、あるかないかでは大違いです。ロットや合理性の問題から、一定外の体型に対する切り捨てがとても長く続きました。切り捨てが普通, 圧倒多数になりましたから、全体として退化します。昔の写真を見て「どうして今の〜は」と思ったりするのを懐古趣味と揶揄したり、イリュージョンではないか?、とする向きもありますが、実際には「正味として違う」という話でした。

2012.2.29