普遍はあるのか

相変わらず分かりません

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最近、極めて難しいご質問を立て続けに頂きました。数十年前の紳士服でも今に通用する美しいものがあるが、これは"その服に"何かしら普遍があるためか、あるならばどういうものかというものです。

…相変わらずこの問題は分かりません。あるような気もしますし、違うような気もします。何が美しくないのかは長く行っていると感覚的にも分かるのですが、逆に何が美しいのかは、本当に難しく思います。

ただ、やはり普遍的なものはあるような気がします。そこで、ヘンリー・プールの洋服と洋服の青山の服を見てみることにしました。それでも共通するものがあるのなら、それは普遍と言って差し支えないように思います。技術/仕事は比べるべくもありませんから、最も分かりやすい"バランス"に限ってみてみたいと思います。

最も分かりやすいバランスで

高さで見てみる

ヘンリー・プールは、紳士服のサヴィルロウ、その最古参のテーラーです。他に並ぶものが無いテーラーの一つです。お客様に伺いますところ、基本的なシルエット, スタイルを100年維持しているとのことで、この問題に最も相応しいように思います。

他方、洋服の青山は誰もが知っている安価な量販店です。しかし、その取扱量は世界一の着数です。ですから、印象も見た目も全く違いますけれど、ヘンリー・プールは"時間的"な普遍、洋服の青山は"量的"な普遍を持っている筈です。そこで、ヘンリー・プールを基準として、青山の洋服の着丈/肩幅を合わせて比較してみました。

結果、明らかにバランスが異なるものは、1:下襟の長さ(ゴージ位置), 4:腰ポケット, 第3ボタンの配置となります。一致するのは、丈ABに対する0:肩, 2:胸ポケット, 3:第2ボタンと腰の絞り位置(肩と裾0Bを1:1で分ける)です。つまり1,4は印象を変化させる(縦に長く見せる)操作に過ぎないと言うことになります。

巾で見てみる

今度は巾を見てみます。肩幅XYにに対して、6: 裾巾が違いますが、7: 腰の絞り量、9: 下襟の頂点位置 が同じだと言うことも分かります。

シルエット, デザイン上でしばしば重要な点であると言われる、肩の高さ, 下襟の頂点位置, Vゾーンの深さ, 腰の絞り量, 胸ポケット位置, フロントカットの深さ、これほど印象の違う両洋服で、それぞれ肩幅,丈に対するバランスが殆ど同じです。

普遍は恐らく比の中に記憶されている

紳士服を裁断するには、既製服だろうとオーダーだろうと、長寸法と呼ばれる寸法割り出し手法が使われます。割り出し、つまり"比"です。長寸法の"比"はその型紙のオリジナルの中のオリジナルと言って良いかもしれません。この両者の根本的なバランスが一致しているとなると、その使っている長寸法に同じ来歴がある、或はたまたま同じになったということを意味します。

本来それぞれの長寸法は門外不出です。まさかヘンリー・プールが洋服の青山に教えたわけでもないでしょうから、人から人へ渡っていく内に、或は自発的な研鑽で、そうなっていったと思われます。このオリジナルの中のオリジナルの"比"に、普遍が隠れているのかもしれません。以前、長寸法をいわば「美しい印象の記憶」と書いたことがありましたが、それはこういう意味です (他方の短寸法は着用者の現実です)。

ただ、長寸法は各部の詳細な比なので、こういった完成した服を、全体の視点で見ることを想定していなかったりします。実際にこんな形で一致すると、ちょっとびっくりです。これほど印象の違う服で、こうまで重要な部分の大部分で一致するというのも、何やら妙な気分ではあります。

美しさは恐らく細かいところの集まりに

極めて基本的な部分では一致しますけれど、この両者の印象はまるっきり違います。ぼやけた写真ですから、風合いや陰影、細かい部分は分からずバランスのみしか見えません。それでも似ていません。ということは、普遍は美しさの一部ではあるけれど、全部ではないということになります。下手をすると単なる「一つの典型例」に過ぎないのかもしれません。

両者の服では細かい部分が無数に違います。山ほど違います。ただ、それぞれの小さな場所は、それ単体では別に問題がありません。abcdefg…n、それぞれの小さな場所単体では全体に大きな影響を与えないためです。困ったことに、その小さな場所aは、他のbcdefg…nとの関係で意味を持ってきます。実際、それぞれに「致命的に違和感があるバランスの箇所」を認識できない筈です。私にも分かりません。

美しくないことが分かると言うのは、こういうabcdefg…nの中で、「壊れていて悪影響を与えている部分は直ぐに分かる」という意味です。けれども「壊れていると言えない」のであれば、後は何をもって美しいとするかは、もう固定できません。そもそも線やバランスと一口に言うものの、かつては縫製以前の型紙段階から美しさを自慢したり競ったりしました、この紳士服の世界は。どうだこのチャコの線は美しいだろう!、と。

ということで、この大きく違うこの二つの洋服を見る限り、紳士服の"普遍"は「比の中の何処か」に、具体的な服の美しさは「とても小さな場所の集まりで作られている」というところでしょうか。…至って普通の結論になってしまいました。

ところで、最近、海外に行かれたお客様の中にピッティ・ウオモに行かれた方がありました。そこで、以前ご紹介したダブルのモーニングカットを見て、「何処で買ったか教えてくれ > 日本だって? > なら脱いでくれ、研究する」とズボンを奪われそうになったそうです。また、英ヘンリー・プールでもスーツをとても良いと褒めて頂いたようで、少しは普遍/美しさが含まれていると考えても良いかなと、ちょっとだけ気を良くしています。

2012.2.1