下襟の流れ

下襟の形と推移

下襟の形状

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2005年の2月までは、いわゆるクラシコ・スタイル全盛と言っても良かった状況にも関わらず、3〜4月になってデザインが唐突に変化し始めました。あんまり唐突で不思議なのですけれども、去年2004年の10月頃から、稀ではあったものの見かけるようにはなっていましたので、徴候はあったのかもしれません。テレビではプレコールという風邪薬のCMで見たのが最初だったように思います。

シルエットが細いままなのは同様ですが、下襟(ラペル, lapel)の形状と裾の形状が随分変わってしまいました。右は相変わらず乱暴な図ですが、ジャケットの襟だと思って下さい。

まず、1はクラシコ以前に最も一般的だった形状の下襟です。柔らかい曲線を持ち、末端部分も緩やかに折り返します。これは人の体が湾曲しているためです。着用したとき下襟を真っすぐに「見せる」ための湾曲です。

これに対して2はクラシコ・スタイルに特有のラペルです。下襟の中程のみを湾曲させ、襟の返りも甘く(少なく)します。中程までは膨らませ、それ以下を真っすぐにします。すると着用時に独特の湾曲が出ます。イタリア人の面白い工夫ですね。多分、来歴は1970年代に流行ったベリード・ラペル(bellied lapel)を引き継いでいると思うのですが、確信はありません。

今年の3月に入って突然に流行し始めたのが3です。全く湾曲がありません。そのため着用した場合はむしろ「えぐれて」見えます。1-3まで襟幅は同じなのですが、3は最も襟幅が狭く見えます。3はもっともシンプルで装飾性がありませんので、非常に清潔感があります。逆にシンプルになると一般に活発さは殺されますので、落ち着いた雰囲気になります。風邪薬のCMでまず最初に見かけるようになったのは、そのせいかもしれませんね。

ビジネス〜カジュアルで剣襟(peaked lapel)

上記で、襟が鋭くなって来ていると書いていますけれど、その襟は全て普通襟(notch lapel, notched lapel)です。

ノッチの形状


下襟の湾曲

右は襟の基本的形状です。しばしばお尋ね頂く事に、セミノッチとセミピークドの違いというものがあります。基本的にノッチの折れ目で上襟が繋がり、そこから 180° 真横に下襟が持ち上がるのが セミ・ノッチです。180°以上あがるものをセミ・ピークドと言います。

通常、ビジネス、カジュアル用途のシングル・ジャケットでは、このノッチ又はセミノッチを使うのが一般的です。それに対して礼服やダブル・ブレストに使われて来たのが剣襟です。何とも面白い事に、この剣襟をシングルに使う傾向が出て来ました。

従来でもシングルのビジネス〜カジュアル・ジャケットで剣襟をご希望になる方は見えましたが、極めて稀で相当に数寄な方のみだったように思います。それが流行として正面に立って来たのは、大変面白く思います。この剣襟は、下襟の距離が長くなるため、これもまた優雅さを強調します。ただこの剣襟も二系統の特徴に別れて流行しています。

ノッチラペルにあるような、襟が「湾曲しているか否か」の違いです。1の場合、全く湾曲がない剣襟です。普通襟に比べて更に下襟の距離が長くなりますから、更に優雅な雰囲気になります。他方、2はクラシコのように滑らかに湾曲しています。この場合、クラシコのシングルよりは優雅に見えると思います。

ところで下襟の長さを強調するためか、上がりに上がり続けて来たVゾーンも突如、極端に下がり始めました。上記のCM出演者の方が身につけるジャケットは、大変にVゾーンが下に下がっています。余りに下がりすぎて、少し違和感を感じてしまいますけれども。

清潔で優雅に

直近のクラシコまで流行の特徴は、活発さを強調をした装飾性の強さにありました。装飾性が強ければ強い程、活発さを相手に印象づけるようになります。カジュアル・ジャケット、特にカントリー・ジャケットは活動的に見えますが、同時に最も装飾性の強いジャケットです。

他方、礼服にはジャケットそれ自体には余り装飾性がありません。非常にシンプルです。襟も、タキシードとなればショールカラーとなり、ノッチ(襟の刻み目)が無くなります。ポケットも礼服では雨蓋がありません。礼服に雨蓋がない理由は、不勉強で判然としないのですが、装飾性を排したということと、「雨に降られることを想定しているのは即ちカントリーだから」という事によるかもしれません。

礼服のジャケットはディティールを省いて非常にシンプルですが、そのために優雅です。ビジネス〜カジュアル・ジャケットでも、この特徴を取り入れ、ディティールを省いて(例えば雨蓋を無くしたり)優雅さを出し、直線的な下襟を使うことで清潔感を加味しています。どうやら、流行は活発、活動的な服装から、優雅さと清潔さを強調するものへと、移りつつあるようですね。

2004.04.05